英国映画祭第2部

映画祭

◆英国映画祭第2部エブリバディ・ラブズ・サンシャイン10/31(土)*’99年春公開予定

第2部からは東京国際映画祭の開催と連動して会場を澁谷東急から主にシアターコクーンに移しての上映。この作品の監督、アンドリュー・ゴス氏とこの後の上映予定の「マーサ・ミーツ・ボーイズ」の監督ニック・ハム氏、そしてブリティッシュ・カウンシルのマイケル・バレット氏が登壇してのオープニングとなった。なお、「エブリバディ・・・」は今回の映画祭での上映がワールドプレミアとなる。

上映開始前に2監督に最近の英国映画の躍進ぶりについて、その理由を一言ずつ。

イギリスにはロケーションにふさわしい風景や場所が多いのと多方面で新しい人材が生まれていることと、そうした新しい人材を生み出す市場や宣伝等フィルムリリースに変化がしょうじてきている事からだろう。

作品内容

出所して来た2人の男をカメラが俯瞰で捉える。ヤクザな世界から足を洗おうとしているレイと再び2人で仕切る事を楽しみにしている従兄弟のテリーだ。レイは得意のダンスで身を立てようと仲間達とステージで踊ることに意欲を燃やし、恋人も出来る。が、2人の収監中に勢力を拡大したチャイナマフィアとの抗争を押し進めようとしているテリーはそんなレイを見て面白くない。次第にテリーのレイへの執着ぶりは狂気をきわめ、レイを独占する為には手段を選ばなくなる。そして、、、狡猾な参謀役にデビッド・ボウイを配し、マンチェスターの裏社会をクールに描いている。

舞台挨拶:アンドリュー・ゴス

・監督自らの体験がベースという事だが、何故映画化しようとしたのか?

体験から、、と言っても私自身は別にチンピラではないよ。(笑)だが、マンチェスターという土地の厳しい人間関係を傍観者として見てきたのでそれを描こうとした。イギリスといってもヒュー・グラントやケネス・ブラナーのような紳士ばかりいる国ではない、というこうした面も分かってもらいたかった。

・映画化に困難だったことは?

俳優陣は皆友人なのでとてもやりやすかったが、一番困ったのは資金面だった。特にこれは裏社会の事を描いているので余計銀行が渋った。

・俳優にデビッド・ボウイやゴールディ等の有名人を起用した訳は?

ゴールディは元々友人で、キャラクターもぴったりだったし、育った環境も自分と似ていた。従兄弟という難しい役を巧く演じてくれた。

デビッド・ボウイに関してはあれだけのスーパースターを使うと現実性がなくなりそうな気がしたが、レコーディングを一緒にしたこともあるし、彼自身、驚くほど入念な役作りをしてくれた。

ワールドプレミアという事で何となくわくわくして見に行ったが内容はかなりシリアス。しかし冒頭の乾いたカメラワークからしてかなりスタイリッシュな作品でとてもクールな仕上がりになっている。全体の抑えたライティングも良い。

「フェイス」とまた違った表現の裏社会だ。別枠の「ブリティッシュ・カルト&クラシック」部門で旧作を8本上映していたが、そこでも「地球に落ちて来た男」や「戦場のメリー・クリスマス」で出演していたデビッド・ボウイ。

さすがにその頃の美貌?はなかったが、何となく白いものが混じった無精ひげを生やして、しかし昔気質のスマートなギャングを演じていた彼、映画の中でポケットチーフを台紙に縫いつけているシーンには何となく笑えた。

オープニングという事もあって花束の贈呈何ぞ行われたのだが、記念撮影に彼のたっての願いとかで観客をバックに2枚撮った。これはお母さんに「僕は日本でもこんなに有名何だよ!」と見せたいからだそうだ。結構ポーズ決めたりしてお茶目だった。

(そういえば一昨年前にイランのアボスファズル・ジャリリ監督がアジア秀作映画週間のラストを飾った時、主演の男の子から依頼されたと言ってこちらはステージから観客を撮影させてくれ、と自前のカメラを取り出してシャッターを切っていた)

写真で見ると両監督はほとんど同じ位の身長なので、大きさを感じないかも知れないが、実は彼等はかなりの大男なのである。と、言ってもハム監督には近くでお会いしていないので実感が湧かないのだが、ゴス監督はたまたま終映後しばらくしてコクーンの前に戻ったら2~3人のファンにサインを求められていたのでちゃっかし私も便乗した。

で、そばに行ってみて吃驚、見上げるような背の高さなのだ。映画の中でもダンスシーンでその脚の長さは充分堪能したものの間近で見ると、私のお腹の高さ位から脚が生えている!

サインして貰っていたらたまたまオーチャードホールの正面玄関辺りで突然悲鳴がわき起こり「何で悲鳴何だ?」という彼にスタッフの人が「誰か着いたんでしょう」

(この時は「アルマゲドン」で来日したブルース・ウィルスやベン・アフレックが丁度到着したところだったのだが)と説明するとちょっと背伸びをして「誰か来たみたいだ」。そう、彼の目線ではどうやら見えてたらしい。これが彼にとっては初監督作品という事だが次回作が楽しみだ。

◆サンセット・ハイツ 11/7(土) *公開未定ゲスト: コルム・ヴィラ(監督)

作品内容

荒廃した近未来の北アイルランド。町中の不良少年達は自治組織(といってもその行動は暴力的でほとんどギャングとして怖れられている)の大人達に輔導され、重犯は再犯しないよう、その脚を撃たれたりの制裁を受けていた。その頃幼児連続殺人犯が横行し、最愛の息子も犠牲者となった父親の為、対立している2つの自治組織が犯人探しに一時休戦して手を組む。

犯人と目されたのはは孤独でどこか変わった老牧師だった。彼等はサンセットハイツと呼ばれる処刑場に彼を連れていき射殺するが、それでも幼児殺害は止まらない。

牧師の飼っていた犬が犠牲者の子供の下着をくわえてきたり、彼に酷似した風体の男がみかけられたりしたため念のため死体を暴いたところ死体は消えていた。第2第3の容疑者が浮かぶが彼等も殺されてしまう。挙げ句牧師の名前でホテルにチェックインも確認される。

果たして続く幼児殺人事件は牧師の怨念の業なのか、それとも・・。意外な結末が。’98 年カンヌ映画祭での上映で「ユージュアル・サスペクツ」風ストーリーが評判となった作品という。

ティーチ・イン

・作品化にあたってどんな苦労があったか?

ロケーションの多い脚本だったので(ちなみに脚本も監督)予算不足に悩んだ。

・ベルファスト出身の観客からの発言:北アイルランドというと政治的な問題に焦点が当てられる場合が多いがこの作品では、その点あまり強調していない点が良い。

政治的な事よりスリラーとしての作品にしたかったから IRA 等の関連は出していない。

観客はアイルランド人だけではないのだから映画の中でその辺の状況を説明しなくてはならない。例えばロミオとジュリエットを宗教劇として描いたらあまり映画的でないのと同じだと思う。

・タイトルのサンセットハイツは実際に存在する場所か?

実際はない。イメージとしてはストーンヘィンジ風に舞台をつくってみた。

・何故容疑者として牧師を登場させたのか?

孤独で少し頭の変な老人となるとそうしたもののターゲットになりやすい。キャラクターとして頭に思い描いていたのはフランス」中世に実在したジール・ド・レイという人物。彼は約400人の子供を殺害した史上初のシリアルマーダー。相手がかなり手強い者でなくては対立するギャングが手を結ぶはずがない。

・アイルランドが舞台の作品に容疑者として牧師を登場させたのには理由があるのか?

ベルファスト辺りでは今日でもレイ・プリチャーと呼ばれるレイ(説教を書いた看板)を下げた無資格の牧師が辻説法していたりする。そういういい加減な意味でプロテスタントとしての牧師を起用した。

・近未来という設定だが、ここでは北アイルランドは独立していて EU にも加盟しているようだが(車のナンバープレートから)何故犯罪都市としての舞台を監督ご自身の出身地を選んだのか?

未来都市としてはリドリー・スコットも「ブレード・ランナー」でロスを舞台として使用しているし、映画においての未来は必ずしもその通り実現する訳ではない。神話的に未来を描いてみたかった。

・とてもドキドキするような恐いシーンにふと笑いを誘う部分が多々見られるがこれはわざとか?

これでもカットしているのだが主人公が緊張してるシーンにコミカルな部分を加えている。

・ラストの方で車椅子からピストルが出てくるなど変わった仕掛けがあったが何かヒントがあったのか?

今 45 才位の男で彼が 20 年程前車椅子で犯罪を犯していた。それがヒントとなっている。

パンフレットの説明には悪いが「ユージュアル・サスペクツ」ほど込み入ったどんでんがえしではないが、次のシーンは気味悪いかも・・・と思わせるところが多くて痛い場面の嫌いな私には十分怖かった。

実はこの上映は朝 10:35~で低血圧で朝に弱い私としては前売りを買う勇気がなかったのだが、上映未定の文言に弱い体質?と怖いものみたさ?には早起きも可能だった。

その怖いシーンにはわざとコミカルなものを取り入れた、という事だったがこの「怖い」と「笑い」は表裏一体だとよく言われる。日本でも公開された「シューティング・フィッシュ」のステファン・シュワルツ監督も前回の映画祭で「コメディの次はサスペンスを撮るつもり。

対極にあるようだけど同じなんだよ」と言っていたのを思い出した。さて、映画祭期間中に開催された国際シンポジウムにもゲスト出演していたヴィラ監督。

監督は北アイルランドの出身だがヒッチコックといい、彼といい英国近辺?のサスペンス監督は怖いものをつくる割にご自身は何となく親しみのある感じの人が多いのだろうか。

そういえば体格のいいところも共通しているかも。写真はバッチリとカメラ目線で、これはちょっと話をしてからお願いしたらポーズしてくれたところ。ウィットのあるキュートな人柄で、「とても楽しめましたよ。でもとても怖かったですよ」と言うとニヤッと笑って「怖がってくれた何て、それでは僕は大成功だったわけだね」と喜んでくれました。

□ D □  フェアリー編

◆フェアリー・テイル~ア・トゥルー・ストーリー~ 11/3(火)*’99年春公開予定ゲスト:チャールズ・スターリッジ(監督)

作品内容

英国で20世紀最大の謎といわれる「コティングリー妖精事件」これは第1次大戦下従姉妹のエルシーとその家に預けられたフランシスが森の中の2人の秘密の場所で美しい妖精達を見ることに端を欲する。

エルシーの父のカメラを借りて彼女達は妖精を写真に収めることに成功するが、大人達はそれを信じない。そこで妖精の研究家としても名高いコナン・ドイルに相談するとどうやら紛れもなくその写真は“本物”らしい事がわかる。

やがて媒体に掲載された少女達の記事から執拗な新聞記者により場所が特定されてしまい妖精捕獲ツアーまで出る始末。これには静かに森で暮らしていた妖精達も引っ越しを考えざるをえない。ドイルの友人の有名なマジシャン、フーディーニのショーを見るためロンドンへ行った少女達は人気者になるが・・・

ティーチ・イン

監督の飛行機が到着遅延のため上映時間も多少送らせた関係から当然ティーチ・インも遅れ、その為私事ながら次の鑑賞予定の時間とのかねあいでティーチ・インを最後まで聞くことが出来なかった。ご了承頂きたい。

・何故これを作品に選んだか?

英国では「フェアリー・テイル」といえば普通子供のお伽話の事、つまりファンタジーを意味するが、そこに副題のトゥルー・ストーリーが付属する事でその矛盾の面白さがあったから。

・俳優陣の中にハーベィ・カイテルやメル・ギブソンといった人々を起用した訳は?

メルはアメリカにスタジオを構えていてなかなかスケジュールが合わなかったが、たまたま1日だけの撮影だったので出演してもらえた。感動的なシーンに彼の出番はフェアリーテイルにふさわしいと思った。

(ラストでフランシスが待ち望んでいた父が戦地から戻って来て彼女を抱き上げるシーンだが)また、ハーベィ・カイテルはコナン・ドイルを演じたピーター・オトゥールと共に重要な役回りだがドイルが作家でとてもロジカルなのに対してフーディーニは対称的な位置で良いコントラストとなっている。)

まるで絵本から抜け出たような背景と可愛らしいフェアリー。とても夢のある題材ながら結構皮肉が利いている。今でも同じ光景が見られるであろう野次馬的な観光客による自然破壊。

その観光客を誘致する抜け目ない業者達。ついオウム事件の際の上九一色村の様子などが目に浮かんでしまった。一方捕虫網まで持ち出す彼等の足下では「これはたまらん」とばかりに荷車に家財を積み込んで移動するフェアリー達。

ドイルもフーディニも実在の人物で対極にある立場に見える2人がこの少女達の理解者という点も面白い。ドイルの父が病院でフェアリーの絵を描いていたのは有名で一昨年辺りだったか「妖精展」を見にいった時彼の絵を見た。

また、私がフーディニを初めて知ったのはたまたま見ていたTVでトニー・カーティスが彼の自伝的映画に出演していた時だが、仕掛けがあるイリュージョンが売り物の彼がフェアリーも手品も信じる心の共通性で捉えている点も面白い。

監督は飛行機の遅延で空港に到着した途端車で文化村に直行。そのため「日本の印象は?」などと聞かれても「私が日本で見たのは成田とここ文化村だけです」と言っていた。ちょっとお疲れ気味の感じでした。

◆フォトグラフィング・フェアリーズ:11/7(土)*’99 公開予定ゲスト: なし

作品内容

写真家のチャールズは新婚1日目にして新妻をクレパスから救出出来ず、後悔と失意の日々を過ごしている。そこへフェアリーを撮影した写真の鑑定の仕事がやってくる。子供が撮影したというその写真は当時の技術を駆使しても確実に本物と思われ、特に子供の瞳に反映している像は妖精そのものだった。

その頃第1次大戦で子供を失った親などを中心に超常現象の研究会が開かれていたが、その中にはコナン・ドイルもいた。彼と意見交換したりしながら次第にチャールズは妖精に引き込まれていき、ついに自分も妖精の姿を撮影しようと撮影現場に居を移す。

妖精を写した子供の家は牧師の家庭で彼はとても嫉妬深く、妖精を見たくて木に登り転落死した彼の妻への責任の一端はチャールズにあるとして撮影装置を破壊してしまう。

妖精を見るためには特殊な花が必要だが、それを食べたチャールズは妻の幻影をも見えてしまった。以来死に取りつかれていた彼は牧師の死の罪をかぶり死刑を受け入れる。絞首刑の後に彼の見たものは・・・

この作品はこの日時で1回しか上映がなかったので何も考えないで見てしまったが、奇しくも同じ事件を扱った2つ目の作品。

「フェアリーテイル」でのフェアリーと違ってこちらは特殊な花による一種の幻覚作用のような描き方でその動きがとても目まぐるしい。その動きをシャッタースピードを速める事で捉えようとするチャールズ。

こちらの作品では発見者の少女達を巡る大人と思惑というより、それをベースとしたラブストーリーだ。絞首刑後の映像はまるでそれまでのすべてが彼の白昼夢だったようにもとれる。

ベン・キングスレー演ずる嫉妬深い牧師や TV シリーズ「シャーロック・ホームズ」でワトソン役でお馴染みのエドワード・ハードウィックがこの中ではその生みの親のコナン・ドイルを演じていたりと達者は俳優陣が脇を固めている。

□ E □  しゃれた大人の恋物語

◆ガールズ・ナイト 10/25(金)*’99年春公開ゲスト:ニック・ハラン(監督)

作品内容

奔放なジャッキーと大人しいドーンは幼馴染み。同じ工場でパート勤めをしている2人の唯一の楽しみは金曜夜のビンゴ大会「ガールズ・ナイト」。ある日ドーンが 10 万ポンドを当ててしまう。賞金はいつも仲良く分けていた2人はこの大金も分け合い、亭主に愛想を尽かしていたジャッキーは工場を辞めて別居。

しかし勤務中に倒れたドーンは脳腫瘍を発病していた。家族には病名を言わずにいた彼女だが、ジャッキーは見逃さなかった。そして彼女の永年の夢だったラス・ベガスへの旅を計画する。

ティーチ・イン

・一番伝えたかった事は何か

辛い話の中に尊厳や希望を描きたかったので、ラストはこのようなものになった。これは脚本家のケイ・メラーの実体験に基づくものでそこで、オープニングに“デニーズに”という言葉が書かれている。

実際は行かなかった旅だがそこの部分はややファンタジックに表現している。しかし夫や子供達、そしてジャッキーがドーンを通して皆前向きに変わっていく。

・ブレンダ・ブレッシン、ジュリー・ウォルターズの起用は?

2人は脚本の段階でキャスティングを念頭に書いていた。クリス・クリストファーソンも是非起用してみたかった。

・このところ英国映画が好調なのは何故だと思うか

映画製作に対する自信とそうして製作された質の高い作品への財政的投資。それにより新しい脚本家や監督にチャンスが与えられ、またその中から良い作品が生まれる。

良い意味でのそうした雪だるま的な相乗効果の構造が好調な英国映画を支えている。また、日本においても最近はアメリカの大金をかけた大掛かりな作品ばかりでなく内容の良いものへの評価が高まって来ている。

~会場からの質問~・癌の告知については日本では色々と問題にされているが英国ではどうなのか

基本的に本人にする場合が多い。監督のお毋様の場合のそうだったという。ただし本人の精神状態のは十分留意する。また、その事に対する家族や周囲の受け止め方がポイントとなる。

・バックミュージックにプリティ・ウーマン等のりのいい音楽を使っていましたが。

は大きく2つに分けて「楽しい、面白い」場面にウェスタン調を取り入れ、背景としての音楽は「神様からのギフトとしての命を幸せに生きている」のを表現した。

・これからのご予定は?

丁度今トライスターで撮り終わったばかり。内容はロマンティック・コメディでボーイフレンドのいない若い女の子がコンピューターで理想の完璧な男の子をデザインしてしまうもの。テーマは“ヴィジュアル・セクシャリティ”。

この作品は恋がテーマではないのでこの分類(E:大人の恋)に入れるかどうしようか悩んだが、ベガスで出会う気の良いカウボーイとの関係はラストでドーンの遺品とジャッキーの生き方に関係してくる重要な部分でもあったのでここにいれた。

監督の言う通り病気がテーマだとどうしても暗くなりがちだが、その辺をも英国お得意のウィットを混ぜて乗り切っている。見た後はお涙頂戴というよりはむしろ何だか爽やかな気分になれる。予定のゲストに主役のブレンダ・ブレッシンには期待していたが来日した監督はとても物静かな落ちついた感じの人で終映後のロビーでは1人づつ丁寧にサインに応じていた。

◆アイ・ウォント・ユー 10/25(日)*’99年1/15~公開ゲスト:なし

作品内容

美容院で働くヘレン。そこへ9年振りにマーティンが戻ってくる。実は彼はヘレンとベッドにいたところを彼女の父に咎められ殺して海に遺棄し、刑務所にいたのだった。

今23才になったヘレンは今は DJ の恋人がいる。が、毋が自殺して以来口をきかず楽しみは盗聴と毋の生前吹込んだお伽話のテープを聞くことという難民の少年ホンダや娼婦の姉との関わりから9年前の事件の意外な事実が浮上して来て・・・

「バタフライ・キス」や「ウェルカム・トゥー・サラエヴォ」も記憶に新しいマイケル・ウィンター・ボトムの最新作である。“大人の恋”のジャンルにしてはあまりに残酷で恋にしてはあまりに幼い「事件」。

だがすべては彼等の恋に始まったという事でここに入れてみた。さびれた町、心に傷のある登場人物達。「ウェルカム・・」より「バタフライ・・」を想起させる重い内容だ。

ヘレンの住む家にはプールがあってこのあたりはゆらゆらと揺れるブルー。海辺のホンダ達の家、寒々とした町の風景と、レッドやセピアといった色彩の妙。すべてが幻影のようであり曖昧な過去を暗示しているようにも感じられる。美しいヘレンがその顔で平然とやりのける事実。その目撃者はホンダだけという皮肉。

そしてそのホンダが語り手となっている不思議。この重要な少年役はどこかハーモニー・コリンの「ガンモ」に出ていたモーゼスという名の大人子供の様な少年に似ている。

随所で使われるタイトルでもある「アイ・ウォント・ユー」のメロディが物悲しくストーリーを際立たせている。孤独で寂しい時に見てはいけない作品です。

◆ラブ&デス:10/27(火)*11/28~公開ゲスト:リチャード・クウィートニオスキー(監督)

作品内容

妻を亡くし独り住まいの英国人作家デアスは、文豪として君臨している。ある日文芸作品の映画化といわれる「永遠の瞬間」を見るつもりで雨宿りを兼ねて映画館に入ったところ間違えて別の作品を見るハメになってしまった。

しかもアメリカのアイドルもので、下らない!と席を立ちかけた時彼の目は画面の美しい青年に釘付けになる。丁度美術館で最近見た美少年が横たわるまさに同じポーズで青年は画面にいる。

俳優の名前はロニー・ボストック。その日から彼のマニアと化したデアスは1度も使用した事のないビデオやそれを見る時間の為に留守電を購入したり、初めてレンタル・ビデオ店に足を運んだり。挙げ句“ボストキニア”とタイトルした専用のクリッピングノートまで密かに作る始末。

想いが高じた彼はとうとうロニーのいるロングアイランドまで飛び何とか彼と接触する機会を得るが、ロケで離ればなれになる時がやってきて・・・

ティーチ・イン

・東京は初めてという事でしたが、印象は?

花の蕾みが開くような昼間に対して夜はネオンが森のようでまさに“映画的”体験だった。

・撮影中の苦労は?

同じ英語を喋るのに英国人と米国人は発音も違えば、文化的にもかなり異なる。例えば脚本の紙の大きさもページ割りも違う。

・この作品の見どころは?

異なる文化圏から来た人間とのロマンス。これは世界中どこでも起こるカルチャーギャップだから同じ箇所で泣いて笑える。

・日本の食べ物で好きなものは?

寿司、酒、刺身。今度は納豆」に挑戦するつもり。

・日本映画で好きな作品」はあるか?

10代の頃溝口や小津の作品を見て今迄に見たことのないタイプの映画だと思った。時間や舞台の感覚がかなり異なっていてその感じに慣れる迄が時間がかかった。黒澤や大島の作品は好きだが、それに北野武の「Hanabi」は 1990 年代で優れたロマンティック作品だと思う。

「ベニスに死す」や「ロリータ」の変型といわれているようだが、「ベニス..」にしては明るくて、「ロリータ」にしては偏執的すぎず、むしろアン・リー監督の「推手」に見られるようなカルチャーギャップに、少々ロマンティックなエッセンスを加えたような洒脱な物語と捉えた方が良いような気がする。

堅物でトラディショナルな典型的英国紳士がアイドルに夢中になったばかりに巻き込まれる個人的な文明開化。たまたま夢中になった相手が男の子というだけでここにはそれほど深いゲイ的な強調はないと思う。

誰でも1度位は経験するだろうこうした気分を、たまたまこの作家氏はこともあろうに老年にさしかかろうとしている今経験しているにすぎないのだ。普通なら手が届かない存在で過ぎていくこうした時期を、彼はその社会的地位も後押しして本人に会ってしまうという快挙を成し遂げてしまっただけなのだ。

こうした憧れの気持ちが実に良く出ている。最初にロニーを目にした時のエンディングクレジットが、彼のキャスティングの部分だけ輝いて見えたり、彼に関する情報は総べて知りたい、とせっせと記事を集めた結果、飼い犬の名前まで暗記して夢の中でもロニーに関する口答試験を受けていたり。

まして憧れの彼から貰ったサングラスともなればこれはデアスにとって国宝級の代物になる。これがティーンエージャーの物語なら平凡すぎて特別面白味がないが、立派は先生だから話になるのだ。

自分で自分をおちょくっているジェイソン・プリーストリーもさることながらジョン・ハートはさすがだ。特にあの大好きなアイドルと話す時心の中の憧れと嬉しさと照れを父親的、先輩的な顔で隠している表情などは最高だ。

監督は静かな語り口の何となくのっそりした感じの人で、彼こそあちらの世界の人では...とつい考えてしまった。

◆雨の中の恋:11/5(木)*’99年春公開予定ゲスト:マリア・リポル(監督)

作品内容

役者の卵ビクターは恋人シルヴィアがいながら劇団の仲間とたった1度だけ浮気をした帰宅後彼女に問い詰められて「真実」と言ったため別れてしまう。その後ふと立ち寄ったパブでふいの雨にあって傘を借りる。

傘をさして辿り着いたゴミ捨て場で不思議な人々に会い、彼はシルヴィアと別れる前の時まで遡ることが出来る。そこで彼が見た光景は...一方やり直しの中で今度はシルヴィアが別の人生を歩んでいる。ここでは、彼女もビクターを失いやはり失意でベンチに腰掛けていると...

ティーチ・イン

・映画化のプロセスを

普遍的な内容で脚本が良かった。

・製作に当たり、困難だった点は?

ロンドンのカーニバルは世界でリオに次ぎ大きなお祭りだが、そこでの撮影シーンは人ごみと大音響の中、大変だったが同時に楽しい思い出となった。

・影響を受けた監督は?

母国スペインの監督ではルイス・ブニュエル。そして国際的な英国の監督という意味でアルフレッド・ヒッチコック。

・スペインの監督として見た時の最近の英国映画の動向をどう思うか?

とても身近なテーマを巧く撮っている。そのテーマが世界的にみても通じるものがある。

・日本映画では何が好きか?

うなぎ

・今後どんな映画を作製したいか?

脚本を映画化するには約2年の歳月を要するので次の2年間を費やすだけの価値ある作品を選びたい

この作品の原題は”The man with rain in his shoes”だが、公開時のタイトルは”If only”となっていた。何となくうろ覚えの受験単語の記憶では・・しさえすれば、とか・・なら良いが、という意味で何となくこちらの方が分かりやすいかもしれない。

人間後悔はつきもので、幸福の神様の前髪を掴まなかったばっかりに・・という事が多いものだが、じゃあやり直せれば幸せになれるのかというと、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」で命拾いしたドクは別として、こと恋愛となると必ずしもそうとはいえないかもしれない。

巧みな画面繋ぎでスタイリッシュな作品に仕上がっている。監督はどことなく男性的なさばさばした感じの女性で歯切れのよいテンポの作品が頷ける。舞台はロンドンだが、音楽や色彩に色濃くラテンが漂う不思議なボーダーレスな感覚の映画だ。

...というわけで以上英国映画祭のレポートでした。実に新作18本のうち 13本とは良く見たものです。いわゆる典型的な英国映画という感じではなく、本当に様々なジャンルの様々な表現、そしてたくさんの新しい才能が出て来ているのを知って驚いた。

全てとは言わないが、アメリカ映画で感じられる人工的な笑いではなく、ひねりの効いたコンクな味わいこそ英国映画の醍醐味だと思う。また、何人かの監督もおっしゃっていたように、世界に通じる身近なテーマとというのが更に強みとなっている。

さてここで紙面をお借りするのも変だが、東京国際映画祭のシネマプリズム部門最終日でキャンセルになったカザフスタン映画の「殺し屋」が昨年 12 月 17日と19日の両日各1回上映されたので簡単に御報告を。上映場所は京橋の映画美学校の試写室。事前の申し込み受け付けだった。

作品内容

ラジオのスタジオ収録場面。スタジオ入りしている医学博士の運転手がロビーで彼を待っている。

運転手はこの日はじめて父親になる。そこで早めに仕事を切り上げその足で病院へ妻と子供を迎えに行った。バックミラーで後部座席の赤ん坊を良く見ようと脇見をした瞬間追突してしまう。

免許証を取られたまま修理代の請求に一向に応えられない。運転手で稼ごうとした矢先、件の博士は自殺。研究所の経営も危ぶまれる。仕方なく姉に金の無心に行くが、当てにしていた金は騙し取られて夫婦喧嘩の真っ最中。

そのうち修理代催促に暴力団が来る始末。とうとうヤクザから借りて一件落着したものの今度は強盗団に遭って商売用に購入した車を壊され、借金は貯まるばかり。その上赤ん坊は難病に罹り、借金帳消しと引き換えに殺人を請け負う事になるが。

’97 年のぴあフィルムフェスティバルだかでカザフスタンのやはり救いのない少年の犯罪映画を見た記憶があるのだが、この作品は終わってからしばらくどんより~としてしまう位これでもか、という不幸雪だるま映画である。

カザフスタンてどんな国か実は良く知らないのだが、もしこれが事実ならとんでもない国だし、事実を歪曲してるなら間違った知識を世界に植え付けることになるわけだが。

大体なんでそもそも追突事故を警察に届けず示談にしようとするのか、とか保険の制度はどうなっているのかとか、失業手当てはないのか、とか何だって言う通りに殺人したのか、とか私の悪い頭の中は疑問符で埋まってしまった。

映画祭では一応監督が登壇する予定だったので是非聞いてみたかったと思った。