「ヒューゴ・プール(96米)」

6「ヒューゴ・プール(96米)」東映ビデオ

オープニングの良さに惹かれてついご紹介

映画には、ほんのワンシーンとか、たった一言のセリフとか、そんな些細な何かがとても気に入ったために好きになる作品もあるんじゃないだろうか。こんな言い訳めいた前振りをしたのも、察しのよい方ならもうお分かりですね。そう、今日ご紹介する『ヒューゴ・プール』がその類なんでありマス。

この映画、悪くないけど出来がよいとはいいがたい。でも、オープニングがとびきりいい。青みがかった夜明けのロスアンゼルスの静かな町並みに、そっと入り込んでくるセロニアス・モンクのジャズ・ピアノ。朝が始まりつつあるとはいえまだ家々はブルーのもやの中でひっそり眠っている。そんな風景にモンクのちょっと外し加減のソロがほんとよく似合っているのだ。

選曲がうまい。うますぎる。もしやこの監督、すごい才能の持ち主なのではないか。などど考えていると、ゆっくりテロップが出はじめる。このフォントがジャズエイジの時代のポスターなぞを彷彿させるデザインでなかなかよい。むむ、もしやどころかほんとにデキる監督だったりして……。しかしこれは早とちりだった。残念ながら本編には、このオープニングほど才気はひらめかなかったみたいだ。

ヒューゴ・プールとはアレッサ・ミラノ扮するヒューゴが一人で経営するプール清掃会社。ある朝ラジオから、ロス市は水不足のためプールへの給水には罰金を科すとのお知らせが流れると、途端にプール掃除の依頼が殺到する。

そこで糖尿病のヒューゴは起き抜けにインシュリン注射を済ませ、さっそく仕事に取り掛かる。まずヤク中の父親を訪ねて叩き起こし、プールの水を盗まれてしまった依頼主のために給水トラックでコロラド川へ水を「仕入れ」に行くよう指示。次は競馬狂で借金山ほどの母親の元へ行き、借金の肩代わりをしてやる条件で手伝いを承諾させる。

こうして父は川へ水汲みに、母子はお仕事しに依頼主のプールへ。それにしてもプールの水を盗まれるとか1日で回り切れないほど依頼を頼まれるなんて話が成り立つのは、自家用プールの多いロスならでは。日本じゃ考えられないですな。

そんな一軒でヒューゴはALS(筋萎縮性側索硬化症)の青年と出会う。キーボードを打つと音声の出るノートパソコンでユーモアたっぷりの会話ができる彼は、ヒューゴ母子と親しくなり、二人の乗るピックアップの荷台に車椅子ごと同乗。プール清掃巡りや競馬観戦まで体験する。楽しい1日を分かち合ったヒューゴと青年は翌日結ばれる。が、青年は短い命を閉じる――。

大まかにはこんなストーリーだが、起承転結ありのドラマティックなハリウッド的映画ではない。父親と自閉症気味のヒッチハイカー(ショーン・ペン)との心暖まる副ストーリーの他は、ささやかなエピソードの積み重ね。それも水彩画のようにさらりと描かれる。映画というより1人称で語るミニマル系アメリカ現代小説の趣だ。

しかし哀しいかな、監督の才能不足で水彩画が滲んでしまった。弱い者が互いに癒し癒されていく、というストーリーは有りがちとはいえいい素材。これを爽やかに描きたくて水彩画的な映像を選んだ気持ちもよく分かる。ところがその手法がうまく生かされていない。心象風景の描き方がヘタ、というか映像で登場人物の内面を表現するまでには至っていないのだ。

そのせいで、薄味でさえあれば上品だと勘違いした懐石料理を食べさせられている気分になる。つまりダシが効いていないってワケ。監督はオープニングに力を入れすぎて後が続かなかったのかしらん?(まあ、作業手順を考えればオープニングの制作は本編の編集より後でしょうけど)

とは言え登場人物たちの醸しだす優しさには不思議な魅力がある。糖尿病のヒューゴ、ヤク中の父親、競馬狂の母親、筋萎縮の青年、自閉症のヒッチハイカー、そして頭のネジがゆるんでいるような依頼主たち――皆、心身のどちらかまたは両方に弱さやハンディキャップをもっている。でも優しさももっている。

そういう、弱いけれども心根の優しい人たちがある日偶然に出会って、ほんのひととき心触れ合い、お互いに癒される。それがとても自然で普通だ。なぜか。彼らは自分が弱いゆえに相手の弱さも理解できるから。相手の痛みを感じることができるからだ。

主人公の糖尿病という設定もおもしろい。ALS の青年と心を通わせやすいキャラクターとして使ったのだろうけど、登場人物をステレオタイプではなく造形しているのには好感が持てる。この映画みたいに、いろいろな病気持ちや怪我人がごく普通のキャラクターとして映画にどんどん登場するようになれば、弱者に対する人々の認識も多少は変るんじゃないだろうか。

監督がもうちょっとがんばってくれたら佳作になりえたのに、かえすがえすももったいない作品。ちなみに監督は、この作品にラリパッパな依頼主役で登場するロバート・ダウニー・Jr.の父君ロバート・ダウニーで、若くして ALS で亡くなった妻へのオマージュ的作品であるらしい。

quittan

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