短編映画集

「何も言わずに」★(1)
監督があのバンサン・ペレーズ。映画の質がどうのこうのというよりも、スタッフはとりあえずプロ揃い。有名人が金を集めて(だして?)つくったお遊びとしか見えない。ストーリは10分の短編に適してはいるが、全く冴えない。ラストシーンが大きな落ちとなっていて、その部分の言いたい事はわかるが、その落ちが分かってしまう。つまり、落ちていないのである。

それまでのシーンには昨今のありきたりのフランス青春映画の様な表現シーンが続くだけで興ざめする。感情を入れすぎな演技は感情を壊してしまうのが監督にはわかっていないかの様に。恐らく、演技をしている時と、他人の演技を冷静に判断する監督という立場で眺めている時の違いを把握していないのだろう。

これは俳優が監督をした場合良く見られる現象だ。他人の演技を冷静に見る目を養わなければいい作品を撮る事はできないだろう。よく言われるが写真を撮る時には、ファインダーでいいと感じても、もう一歩前に出てシャッターを押す方がいい。これと同様で、完成した映画を映写すると、そのシーンの雰囲気がずいぶん違ってくるのだから、それを想像できないうちはいい作品なんか撮れない。

ペレーズは監督なんかやらずに役者人生を終えれば良いのではないだろうか。彼の事を好きだからこそ厳しく言いたい。

「カミーユ」★★★(3)
シングルライトで撮影し、カメラもハンドカメラを使用しドキュメンタリータッチを目指している。狭い室内で撮影していると思われるが、映像には奥行きと迫力がある。シングルライトであるために深い影ができていた為か?いかに撮影がライティングに左右されるかがよく分かる作品で、この監督(ファブリス・ゴベール)のセンスの良さを感じる。脚本も手がけているので、彼の今後の作品は楽しみだ。

特にカメラが捕らえる子供の視線がすばらしい。子役はかなり幼い子供で、十分意識して演技ができる歳ではないだろうから、監督の苦労がうかがえる。

10分を切る短編では物足りない一品で、長編に組み立てる事も出来るようなストーリー。8分30秒の中によくこれだけ凝縮した物だと思う見事な作品。

3星の理由は、総合的な評価ではまだまだぎくしゃくする部分がある為。しかしこのまま行くと、次回作はすばらしい人間ドラマになるのではないだろうか。

「蝿戦争」★★★★(4)
短編として上手くまとめた一品。細部にこだわり、きちんと撮影しているので評価が必然的に高くなる。

台所まわりの小物の汚さ、乱雑さがリアル。3分40秒で終わるが、この終わり方も短編アニメ的なにやっとしてしまうきれいな落ちがある。

「ママの贈り物」★(1)
映画を普通に撮るという事は非常に難しく、多くの監督が様々な場所に異常なほどに凝り固まってしまった為台無しになった作品は多くあるが、これも普通にとることの面白くない一面ばかりがでてしまった。

普通であるという事は確かに難しいが、脚本、撮影、演技、監督のセンスなどすべてが普通であれば、その時映画はいかに面白くないかを如実に表現してしまった。

特に短編にはある種の期待を持ってみる事が多く、その期待を全く満たされない場合は評価が著しく悪くなってしまう。最後のほくろのシーンでアニメとの合成(もしかしてCGかもしれないが)を行っているが、雑であるが為に画面が見づらくなってしまう。最後に抱く印象が一番深く残る為、厳しい1つ星。

「マーズ」★★★(3)
映画というよりミュージッククリップ。ストーリーより、色合いを楽しむ映画。映画という言葉は当てはめたくない。デジタルな世界が堪能できるし、ドルビーのいい音が響く一品。映画祭ではなく、現代美術館のビデオアートに入れたい作品。

「最後の手段」★★★(3)
脚本は上手い。撮影はごく普通だが、これが普通よい一面であろう。脚本という優れた所がひとつある為、あとは普通にとる事で作品の質が上がっていくという事を見せてくれた作品。

エレベーターの中の撮影にはもう少し緊張感もほしい。エレベーターの外の映像がまとまっているだけに、中の撮影に工夫がほしかった。

エレベーターといえば、「死刑台のエレベーター」を思い出しますね。

「最後の発明」★★★★(4)
監督(ロロ・ザザール)は東ヨーロッパやロシアのアニメーションにかなり影響されているのではないだろうか?実写アニメーションだが、まるで良く出来たクレイアニメと見間違わんばかりのアニメ的な部屋の色合い。

また監督が一人出演もしているが、顔つきと役柄が大変マッチしている。まさしくこの作品のための顔つきをした役者。最初から自分が演じるつもりで脚本を書いたのだろう。

脚本にはもう一人、フランク・メーニュの名前も入っているが、各部の詳細な台所用品の動きに関するアイデアをだしているのではないだろうか。本当に渋い一品。

「ブラインド」★★★(3)
色合いが実にきれいですね。日本人監督にしては撮影上の色合いがいい。自分で制作費を負担し、足りない部分(ほとんど?)の金策に走ったとの事でしたから、その辺のこだわりは十分撮影のピーター・ログレコに伝えたのではないだろうか。もし監督のこだわりではなく、カメラマンのこだわりであったなら、次回作にはたいした期待ができなくなる。カメラマンの次回作には期待するだろうが。

日本映画の場合、どの映画もウルトラマンや、昼のメロドラマと同じ色合いで、それが日本映画を面白くなくさせている要因だ。タケシでさえ、映像の色合いがいかにも日本的で、どの場面も明るすぎる。メリハリを感じない。

この作品では、32mmで撮った場面は多少明るすぎると思うが、それでも細部の色合いは奇麗にでているし、ストーリーがこれらの奇麗な色合いを欲するように感傷的だ。

アメリカ留学中の監督がまわりのスタッフをアメリカでかき集めた結果生まれただけなのかも知れないが。とにかく監督(小西未来)のために言う。お願いだから日本にもどって、松竹でとるな。

という事で、映画を見ていると本当にこれだけの上映時間が必要なのかとよく疑問におもいます。「ホームドラマ」という映画を渋谷で見た方もいらっしゃると思いますが、これは1時間程度でよかったのではないでしょうか?

「Uボート・ディレクターカット」は本当にノーマル版よりおもしろくなったのでしょうか?「シェイクスピアの恋」はこの時間でも物足りないくらい内容の濃い作品だったとも思います。(ただし、シェークスピアを読んだ事のある人向きだが。)

映画は興行的な理由からか、たいていは約2時間に編集してしまいますが、それがいかに映画作りを難しくしているかを最近感じます。もっと監督の自由に時間を設定できれば、よりテンポのいい作品が生まれると思う。

映画の時間に関する皆さんの意見をお待ちします。

最後に、批判されてしまった監督よ、あの「タイタニック」ですらめちゃくちゃにけなす人がいる事をお忘れなく。(私はその一人です。)

立野 浩超

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