山崎剛太郎(字幕翻訳)第2回

制作・監督

2)字幕周辺:用語などについて

映画館とビデオやテレビでは何となく訳が異なるような気がするのだが、という質問には意外なお答えが。

「それはその通りです。字幕にはいくつかの禁止用語があるのですが、これがビデオ、テレビとなると劇場用より更に規制が厳しくなります。例えば“狂言自殺”という言葉。

これには“狂う”という字が入っているのでだめ。同和問題なども各局で禁止用語をもっています。原題に禁止用語が含まれている場合も変えてしまう事もあり、こうした事は翻訳家協会でもいつも問題になる点です。

例えば以前アキムコレクションをまとめて上映した事があり、その時私は『ノートルダムのせむし男』を手掛けました。一応タイトルには残したものの、“せむし”が禁止という事で字幕には“鐘つき男”、せむしに触れる時は“こぶ”という形で逃げました。

原作の雰囲気を変えてしまう事もあり、私はこれは一種の“言葉狩り”にならないかと思います。」

※他にも言葉に関しては、いろいろと感じられるところがおありだそうだ。

「若い人の言葉もなるべく気にしているのですが、どうも自分の生活に密着していないので使いにくいです。でも、配給会社はとにかく売れればいいわけだから、そうした言葉を使ってくれと言ってくる場合もあります。

昔の話ですが、主演女優さんが百恵ちゃんに似てるからって『山崎さん、あそこはね、百恵ちゃんて入れて下さい』って。恥ずかしいし、不快だったけど宣伝部から言われたしね。

字幕では、僕の先輩の秘田余四郎さんて方がね、とても巧くて、この方の字幕は石に刻んでもいいと思う位ですよ。私が60才位の時、『天井桟敷の人々』をテレビ用に頼まれたのですが、既に彼の素晴らしい訳があるのでそれを使えば、と言ったのですが版権は7年間なので、それが切れていたらしい。そこで、挑戦しましたが、やはり彼の訳はそれを乗り越えられない程巧かったねぇ。」

ここで名前の上がった秘田余四郎氏とは50年代位までのフランス映画をほとんど手掛けていた翻訳家で、山崎先生ご自身、若い頃から彼の翻訳した映画を見て、映画に夢中になられたそうだ。

ご自身多くの映画を訳される事になった訳だが、これには傑作な話がある。フィルムセンターでフランス映画特集上映をしていた際、先生が19才で見て感動したデュヴィヴィエ監督作品の『ゴルゴダの丘』の上映があった。

この作品でキリストの役をしたロベール・ルヴィギャンという役者がとても良かったのだが、彼がユダヤ人という事がわかり、出演の決まっていた『天井桟敷の人々』の冒頭に出てくる古着屋の役をおろされてしまったという。(結局この役は急きょルノワール監督の弟が代役する事になった)

それはともかく、その作品を、友人の若い早稲田の学生と一緒に見に行かれた。見ながら訳についても色々話していたところ、最後に字幕のところで、御自分の名前が出てきて吃驚されたのだそうだ。すっかり忘れていた作品で、どうやらこれも19才の時は秘田氏の訳で御覧になっていたらしいが、その後フィルムライブラリーに納める為に新たに字幕を頼まれたような気がする。

その他に上映していた作品にも御自分の字幕のものがあって、何人かに「山崎さんのを5~6本見ました」といわれ頭をかかえられたらしい。確かに今迄で 700本も訳されていればこんな事も起こるのだろう。

やはり、山崎先生の字幕に慣れている人から見れば先生の字幕だという事はすぐにわかるそうで、テレビで放映されたりすると「先生の翻訳ですね」という電話がかかってきたりするそうだ。

やはりお仕事柄、他の字幕翻訳も当然気になられる。昨年の東京国際映画祭で上映したアラン・タネール監督作品「レクイエム」はとても気に入って二回も御覧になられたが、ただひとつ気になって仕方がなかったのが冒頭の、ある文章だったという。

この作品はある男が死んだ詩人と会う約束迄の時間に、若い時の父親や亡くなった友人、恋人と再会するといった白昼夢のようなストーリーなのだが、こうした内容と照らしあわせると冒頭の『人生は寝て過ごせ』という訳がとても気になった。

ボードレールの詩に「獣の眠りを眠れ」というのがあり、多分それを人生に置き換えたのだと思えるが、英語で言えば”Sleep the Life”

だから、とてもびっくりしてしまわれたという。

鳥野 韻子