「ダライ・ラマ」The Dalai Lam

作品紹介

宗教家はエラいのか?

今回はシネマといってもドキュメント。「阿片戦争」がレンタル中だったので、じゃあ同じ中国系でと手に取ったのがこのビデオだ。制作が97年とあるのは、ハリウッド映画「セブン・イヤー・イン・チベット」を意識して作られたってことだろうか。それはともかくダライ・ラマ14世の半生に焦点を当てつつ、チベットの宗教社会を描いたなかなかおもしろい作品である。

チベット仏教の最高者ダライ・ラマとはキリスト教でいえばローマ法王のようなものか。ただしダライ・ラマの場合、ご存知のように生まれ変わりによって継承されるのがルール。ダライ・ラマが亡くなれば、どこかでその生まれ変わりの赤ん坊が誕生すると信じ、生まれ変わりを探し出して位につけるのである。そのために高僧たちはチベットと呼ばれる狭い地域だけでなく、広くあちこちを何年もかけて探し回る。

あまりに非現実的なシステムだが、むしろ政治的な理由があってのことだとこのビデオは指摘する。共産中国が入る前のチベットは前近代的な宗教政治社会であり、政治を司るのは僧だった。しかし僧たちの間には当然のことながら派閥ができる。放っておけば力のある派閥に都合のよい者が選ばれたり、一部の寺院や僧たちだけが得する選定が行われてしまう。そこで、そうした不公平をなくすため「生まれ変わり」が最高者選定の基準となったらしいのである。ま、生活の知恵というやつでしょうな。

ほんとかどうか知らないが、ダライ・ラマの生まれ変わりと言われる子供は前世の記憶をもっており、ダライ・ラマ時代に使ったものなどを覚えているとか。しかし選定のためのテストは厳しい。偽物を混ぜたりして徹底的に真偽を追及する。これにパスしたのが現在のダライ・ラマ14世だ。彼はわずか5歳にして最高者の地位についた。ただし、18歳までは実権を握ることが許されないため周囲の高僧たちが摂政を行っていた。あれ?この手の言葉、日本史の授業にも出てきたと思いません?ほら、坊さんたちが権力を握って政治に嘴突っ込み始めた平安時代辺りに。

そう、社会構造も平安時代によく似てるのだ。チベットは貴族社会で少数の貴族が膨大な荘園をもち、農奴をこき使っていた。僧たちも貴族といわば結託していた。ダライ・ラマ14世だってごく平凡な出身なのにこの地位に選ばれた途端、両親は広い荘園をもらって贅沢三昧。ご本人も王侯のごとき生活で、お抱えの料理人は山ほどいるし、彼が飲むヨーグルト一杯のために何十頭という山羊が飼われていたそうな。1日一滴のヨーグルトさえ農奴に与えられなかった時代にである。

実はパッケージの解説に「中国から見たダライ・ラマ」というような断り書きが入っていて、意味ありげだったのでどういうこっちゃと思っていたのだが、見てなるほどと納得した。ダライ・ラマを悪く描いているわけではないが、彼は貧しい農民を搾取する特権階級で荘園主であり、農奴は文字どおり奴隷のようにこき使われ、ボロを着て食べ物もロクに与えられない。そんな彼らに土地を開放し、幸せな暮らしを与えたのは人民解放軍だというわけ。まさに中国サイドから見たチベットであり、フィルム構成も多分に共産主義プロパガンダ的だ。

しかし、そうした偏りはあるにせよ、今、世界的に高徳の師と仰がれているダライ・ラマがいったいいかなる者なのか、あるいはダライ・ラマとはいかなるシステムで成立しているのかを知るための資料としては興味深い。

私たちは宗教者というとどうしても俗を脱した徳の高い人間を想像しがち。政治から離れ贅沢などというものからも離れた清く正しい人だと思ってしまうものだ。しかしそもそも宗教とは何なのだろう。太古の昔を考えてみれば、宗教には祭祀を司る役目が強く、祭祀、祭はイコール政(まつりごと)でもあった。それに長い歴史を振り返れば、宗教者も所詮ただの人間であることは明らか。むしろ宗教者に過大な期待をする方がおかしいのかもしれない。

この作品は、貴族政治の影響を受けていた若き日のダライ・ラマ14世しか描いていない。それに恥ずかしながら14世がそれ以後どんな生活をしてきたのか、どんな「徳を積んできた」のか私は知らないので、これ1本で彼をどうこう言うことはできない。ただ、世界平和とか人種の平等といったテーマのときには必ず登場するダライ・ラマもかつて違う生き方をしていた時期があったのだということ。

それにしても共産主義国のプロパガンダ映画って、どうしてこう自国を誇大PRしたがるんだろう。

quittan