ムトゥ 踊るマハラジャ

作品紹介

映画を観て元気になりたい人は、いますぐこのインド映画を見に行こう。インド映画、なにそれー、などと言うあなた、は絶対損してますよ。これは、それはそれは楽しい、プリミティブな迫力にあふれた快作なのだ。技術的・ストーリー的に優れているとはとてもいえない。しかし、先進国が忘れてしまったハッタリ、いい加減さ、思い切り笑うことの気持ちよさを思い出したかったら、この映画を観ることだ。

主人公のムトゥは、若主人に仕える馬車係。マハラジャではありません。しかしこいつが、見たところ四十男だが、実にいい笑顔をしている。長いマフラーを首にかけたままビュンビュンと振り回すのがかっこいい。何かあると、歌って踊る。踊り出すと、もう15分くらいずっと踊りっぱなし。どこからかバックダンサーも出てくる。背景も代わり、衣装も替わる。ストーリーの進行に支障をきたすけれど、そんなこと気にしない、気にしない。

冒頭、ご主人の誕生日に、どこかの寺で健康と安全を祈っていたムトゥ、それから自慢の馬車でご主人の屋敷に一目散に歌いながらつっぱしる。このシーンが、まるで千里万里を越えてきたように撮られている。いったいどこまで行ってたんだ、ムトゥ!

ストーリーは、結婚もせずに芝居三昧の若主人が旅芸人の女優に惚れてしまうが、彼には、腹黒い叔父が連れてきた許嫁がいた。さらに、彼女は、初めは喧嘩ばかりしていたムトゥにほれてしまい・・という、ありがすぎてなかなかないラヴコメディ。この問題を解決する鍵として、後半デウス・エクス・マキナ的に登場する聖者様と、唐突に明かされる過去の因縁話など、上質とはいえない脚本だが、ここは、歌と踊り、そしてディテールを楽しもう。

悪漢どもにさらわれそうなヒロインを助けて戦うムトゥ、マフラーをビュンビュン振り回し、仮面ライダーのようにジャンプし、香港カンフー映画にようにビシバシとやっつける。ムトゥの馬車が、数十台の敵の馬車に追われるシーンは壮観。馬車が次々とクラッシュするシーンは「駅馬車」並の決死のスタントだ。走りすぎて、言葉の通じない地域に来てしまい(インドは数十の言語のある他民族国家なのでした)、ヒロインに教わったとんでもない言葉を話したため(外国人相手によくやるんだよね、こういう悪戯)、木に縛りつけられる、ラヴレターが次々と人手に渡り、それに誘われた人々が、お互い隠れ合う、等々、他愛なさが、かえって芸になっている。役者たちが実に楽しそうに演じていて、観ている方も楽しくなる。

繰り返すが、この映画の魅力は、先進国が失った、プリミティブなパワーと楽しさ、ということに尽きる。こんな楽しいだけ(それでなにが悪い!)の映画は、発展途上国でしかつくれないのかもしれない。インドの現実は厳しい。先日死去された漫画家ねこぢるの「ぢるぢる旅行記 インド編」では、自由恋愛の認められないインド人が、若い恋人たちが歌い踊る他愛ない映画に陶酔し、トランス状態で画面にのめり込んでいる様が描かれているが、この映画もインド人のとっては、現実からトリップするためのひとときの麻薬なのだろうか。俳優たちの笑顔がやたら明るいのは現実の裏返しか。

いかん、暗くなってしまった。こんなことを考えながら映画を観るのは邪道でしかない。上の段落に書いたことは忘れよう。思いっきり笑いたい人は、今すぐ映画館へ行って、この映画を観よう。そして、笑え、歌え、踊ってもいいぞ。すれっからしの映画ファンどもに告ぐ。先進国映画界に突きつけられた貧者の核爆弾「ムトゥ 踊るマハラジャ」を堪能せよ!

高野 朝光