ロートレック

★★

ル・シネマでのロードショウが決定されているこの作品。即座にイメージすることは、ル・シネマで上映される芸術家物はいままでがっかりするか、大きく感動するかで、決して当たりが多いという訳ではなかったということ。

これはル・シネマの選考されている方に問題があるのではなく、芸術を映像というほかの形態の芸術に変換するということの難しさが如実に現れる結果からであろう。芸術家が主人公の映画があくまでも一種の芸術として捕らえられる場合に限定される意見ではあるが、私にとって映画はフィクションであれただの娯楽ではなく一種の芸術として捕らえていることが多いのでこの意見になってしまう。(ぜひご理解いただきたい。)

さて、まったくのフィクション作品(最近ではル・シネマではなかったがシャンテ・シネで上映していた「レッド・バイオリン」などはフィクション作品)は別にして、それらの映画の問題点は、「実話に基づく・・・」といわれるストーリ自体にあったと思わずにいられない。つまり実話がそれほど凝縮された中身のあるストーリでない場合や、うまく2時間に編集しきれなかった場合大変間の抜けた映画になってしまうということ。他方、「実話を基に・・・」の場合はあくまでもストーリのアイデアにしているだけということになっているので、実話の間におもしろおかしく、感動的にいろいろ挿入できる。やりたいほうだいとはいかないまでも、ストーリー性が高まってくる。

この「ロートレック」は監督のコメントから察するに前者だったようだが、見終わった後のイメージで言えばこれは後者で、かなり好き勝手にやってしまった印象。いかにもゴッホに見えるゴッホが出てきたり、やりたいほうだいで行きすぎた演出が不満。それにレジス・ロワイエ(ロートレック役)の甲高い声はひたすら耳ざわりでうるさいし、悲しみの場面でも感傷的にはなれない。感傷的な場面も少なかったようだが、意図して感傷的にならないようにしむけたのであればその意味では成功している。

但し、そうした意図がまったく伝わってこないところに更に多くの問題があった。監督や出演者たちは作品を作り、演じているのだから何か意図するものがあって当然なのにも関わらず、何をどのように感ずるべきかわかりにくいのである。編集は唐突で目茶区茶。いきなり時代が変わり、場面が変わりその度に雰囲気が乱れていくし、酒場の中、娼婦館の中でリアルさをもとめた結果からか、ごちゃごちゃしすぎている。考える暇のない映画だった。

もちろん終わってからの印象で感じるものがあればいいのだが、混雑した内容でつかれ果てた結果ただ不快感と甲高い声のみが残った。音楽や場面の雰囲気をそこまで乱しても乱雑な編集をする意図が見えない。意図は常に明確であるべきだろう。

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