運動靴と赤い金魚

★★★★★

イラン映画に触れると、そのあまりに人間的な映画作りに驚き、純粋な出演者達の笑顔に安心感を覚える。しかし反面決してハリウッド系映画しか観ないような人達には受け入れがたい退屈さ、これは文学的ストーリーや最も有名なアッバス・キアロスタミの映画の独自性が原因の一つではあるが、それが邪魔して観客動員の限界が生じてしまう。

それを打破する為の一つの方策としては、感動させること。この感動が女性を引きつけ、ついでに男性までもがついてくる。自称映画好きでもイラン映画など、つまり西アジア・中近東の映画など観たことないという人達はごまんといるわけだが、これでその中の一人二人でも洗礼をあびてくれれば、今後の映画館経営に光明がさすというものだ。やはりまだ単館系映画館の経営は苦しいものだろうから。

この作品はシネ・スイッチ銀座で公開中だが、この映画館の良さはScreen Kiss Vol.007を参考にしていただきたい。

それに追記するなら、現在関連イベント(ほんのちょっとした物だが)として3階フロアーの階段の壁を使い、金魚のイラスト展示を行っている。

この映画館には多彩な客相が訪れるが、比較的米映画から仏映画まで観るような映画ファンが多いようだ。彼らが牽引車的存在となり評判を広めれば、この作品も「ライフ・イズ・ビューティフル」級のヒットになるのだが。

さて、この映画では★を5つ付けているが、4つとするべきかと悩んでしまう。純粋なストーリーで素朴な作品と言える仕上がり、エンディングまで脚本には不満を感じないのだが、あまりにまじめな作風で面白味が足りないといえば足りない。ただ、一部批評にあったように「マラソン大会のシーンは「ロッキー」のボクシングシーン以来の感動と迫力」と書きたてられたり、イラン映画の未来は明るいと言わしめる新人の登場に対しては、イラン映画界全体を評価すべきとなる。

私は4月末にイランに滞在したのだが、イランの雰囲気はアジア的なものから、中近東的なものまでがミックスされ独特の雰囲気がある。且つ宗教的にはイスラム教であり、今年7月に起こった大学生の構内占拠事件などはイスラム原理主義的なひき締めにあい結局中国の天安門事件のように弾圧されている。

映画に対しても検閲があり、中国に似ている環境だ。しかし、中国よりもさらに予算面と器材の面で苦労をしているに違いないのだが、それを感じさせない脚本がそこには存在している。

雪どけ水を流すための路肩の水路は坂道ばかりの街だけあって子供では拾いにくいほどの流れだし、アシュラ(イランで最も大きい宗教行事の一つ。今年は4月末から5月にあたった。)前の集会場面といい、イラン的な風情の表現で、外国人観客の為の演出には完璧な設定ではなかろうか。(この辺りは原作本の方が分かりやすく書いてあるので、文庫本の原作を読むことをお薦めする。)貧しい家庭の現状、商店の対応、それらすべてが画面からあふれんばかりにリアルかつ、映画的に表現されていることも評価対象だろう。ごまかしのないリアルなのだ。

映画の中で父親が砂糖を砕き、チャイ(紅茶)をいれ、説教のようなものを聞いている集会はアシュラ行事の1つなのだが、これは非常に興味深い宗教行事の一つなので簡単に説明しよう。

過去殉教者の苦しみを体感するため、町内の男性(老若)数十名から数百名が列をつくり、各々鎖や拳などで体をたたきながら町内を一周していく。市、地域により様式が多少異なるようだが、先頭の車がスピーカーをのせ、詩の朗読(音楽というべきか)を流している。次に、非常に重たい鉄製の飾りを一人が肩から担ぎ、その後ろに大人の列、次に子供の列がならんでいる。1時間から2時間の間ゆっくりとねり歩き、最後にモスクや集会所にもどり、いけにえをささげ、高揚したなかリズムは早くなり、血まみれになるほど体を鞭うつ。そしてモスクに入り終了。

まれにこの時期、ニュースで映し出されることがあるが、鞭うちすぎて死者がでることもあるらしい。(なお、私の見る限り死者や、血まみれの人はいなかった。)

なお、映画の話にもどと、父親は会社でお茶出しの仕事についているとのことだが、日経企業から現地の会社まで、掃除係り、お茶係りともにおそらく月収は$100程度。イランリアルになおすと約8,000リアル。ただし、この父親の場合は簡単に仕事を1月休めるような状況からさらに安く月給5,000リアル程度しかもらっていないのだろう。

庭仕事をしていてもらっていたのはおそらく5、600リアル程度だろうから、庭仕事に味をしめるわけだ。靴の修理にコインで支払いがすむ程度であっとことは安すぎる感じがするが、数分で終わる仕事の対価はその程度なのだろう。イランの奥深い日常生活をしることができる。

街のビルがいくつか映し出されるシーンがあるが、赤い枠取りのビル、ガラスのビルなどテヘラン市内に数日間滞在すればかならず目にする新しくきれいな近代的ビルだ。もちろんこれらの他にも現在続々建設中で、昨今アメリカの経済制裁が部分的に解除されているが、全てが解除された後はますますアジア的な発展を遂げていき、映画にとっての環境もよくなるだろう。なにせテヘランの背後には5000m級の山並みがあり、まるでアジア的なスイスといった雰囲気の都市。宗教的な制約もあるが、女性を主役にもってこられるだけの自由度もあり、想像力をかきたてる環境が映画をどのように育てるのか興味は尽きない。

立野 浩超

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