黄昏に瞳やさしく

1990年/伊・仏合作/カラー/99分9月18日(土)より東急シネマスクエアにて公開 

監督:フランチェスカ・アルキブジ出演:マルチェロ・マストロヤンニ、サンドリーヌ・ボネール、ジョルジョ・ティラバッシ

■ストーリー老教授ブルスキが、薄暗い書斎で、1977年に孫のパペレと過ごした日々を、もう会うことのない彼女宛に、手紙を書きつつ回想している。

パペレは両親の離婚の危機の中、その寂しさから自分が2人いると思い込み、空想の世界を生きている。そして、今、祖父のブルスキに一時預けられる事となった。ブルスキは、古くからの家政婦と毎日を規則正しく過ごしており、彼にとってもパペレとの同居には戸惑うものがあった。

利発な孫との生活が楽しくなってきた頃、息子の嫁・・パペレの毋・・ステラが突然やってきて、3人の“家族”生活が続く。が、自己の生活を優先させようとする彼女とブルスキは何かと対立する。

そして、とうとう、ステラはパペレを連れて、2度とこの家に戻らない旅に出た。

■コメント

アルキブジ監督の、あの『かぼちゃ大王』(’92年)より前の作品である。『かぼちゃ大王』の中で、全身麻痺の女の子役が、今回のパペレだ。大御所、マストロヤンニを相手に、多重人格に近い症状の賢い4才の女の子、という難役をこなしている。

彼女のこれからの成長が楽しみだ。

また、重厚な演技を要求されたマストロヤンニは流石だ。表情ひとつで、その場の空気を変えてしまう。一方、個性的なフェイスのサンドリーヌ・ボネールは、したたかな女を良く出していた。

両親の離婚の危機に、精神バランスを崩す娘、というテーマは次の『かぼちゃ大王』でも引き継がれた訳だが、今回の作品では、もうひとつ、背景となる1997年という年がキーワードになっている。

「1977年は、私の生涯で最高に悲しくも美しい年だった・・・」と、ブルスキは孫への手紙にしたためる。ブルスキにとっては、人生の“黄昏”であり、イタリアもある意味、“黄昏”を迎えている年といえる。

黄昏時は、次に来る夜の長い時間とを繋ぐ、短く美しい時間。息子が田舎暮らしを決心して家族が一同に集う、あの美しいシーンに集約される。ブルスキにとっては、それは、長い事忘れていた時間だ。

妻をなくし、長年の研究課題であるプーシキンの論文も、未完成のまま、ひたすら判で押したような生活に身をゆだねていた彼にとって、久々の精神の高揚だったに違いない。

一方、イタリア情勢と、ステラの生き方がシンクロしていく。彼女は、大学教授のブルスキを旧体制の代表として捉え、毋としての役割を要求する彼を、疎ましくさえ思うこともある。不況、失業がまん延しつつある時、そうした世情に背を向け、自分の時間を守る彼には反発さえ覚える。

お互い、微かな愛情を感じつつ、最後まで折り合う事の出来なかった2人を、伝統的な左派と、この頃台頭しつつあった過激派左派との対立としても象徴している。

「私はその流血の前にこの物語を終わらせ、この映画を異なる方向へ進んでいく異なる世代間の、精神的な移り変わりを描いたものにしました」(1990年12月18日 La Nazione紙より)・・・と、監督が語るように、翌年からは、過激派テロ組織による暴動や、政府要人の暗殺等が勃発している。

色々な意味で、対立するものの間に置かれた少女パペレ。成長した彼女の、お爺ちゃんからの手紙の感想を、是非教えてほしいものだ。映像も綺麗な、しっとりとした作品です。

鳥野韻子

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