スターの出演料

1,000 万フラン(日本円で約2億円)、これは、ジェラール・ドパルデュー、クリスチャン・クラヴィエ、ジャン・レノらの、一回あたりの出演料なのである。またこの金額は、フランスの映画界の最も高額な出演料のリストのトップに、この3人を位置付けることとなった。これは、雑誌「ペルソ(Perso)」が行った調査によるものである。

ジュリエット・ビノッシュのオスカー賞の受賞は、かなりの先輩であるダニエル・オートゥイユの 600 万フランに対し、彼女がスクリーンに現れる度に、なんと800 万フラン手にすることを可能にした。

その下となると、大御所のカトリーヌ・ドヌーブ、ジェラール・ランヴァン、クリストフ・ランベールがいる。映画に出演して得る金額 400 万フランは、このベテラン俳優たちに巨大な映画ファミリーの貧乏な親のような印象を与えている。

その他の映画俳優では、キアラ・マストロヤンニやヴァンサン・エルバズが、30万フランしか手にすることが出来ないのに対し、ドミニク・ブラン、ヴァンサン・カッセルは、50万フランも受け取っている。

終わりに方には、ポルノ俳優が姿を現している。イタリア出身の男性ポルノ俳優ロッコ・シフルディの場合、出演料は3万フランを上回ることはない。わかり切ったことだが、イタリアの女好きは、お金のためではなく、楽しみのために働いているのだ。

シネマノート

私事だが、2月は家族がインフルエンザでダウンして3月になったら仕事で毎日残業で映画レスな日々。そこで今回は漸く見た数少ない映画から2本を紹介。

まずは試写会で見たドイツ映画「バンディツ」。刑務所を脱走した4人の女囚がロックバンドを組んでツアーしつつ逃亡を図るというストーリーだ。冒頭からパンチの利いたサウンドに圧倒される。チラシのコピーに「女の友情はもろくない」とあるように、見ている側がすーっとする位この女性達がかっこいい。

おまけに揃って足長でスタイル抜群。この作品の為に頑張ったのか、スレンダーながら見事なボディラインを披露している。

刑務所行きとなった理由でもある、それぞれの得意技?を生かしたチームプレーと、バンド名(ならず者)に相応しい勇気には、つい声援を送ってしまいたくなる。それぞれの個性がはっきりしているバンドに対し、警察側はあくまで情けなく、まぬけで、官僚的に描いているところもいい。

全編を流れるロックは、実際バンド(勿論バンディツではない)のリードヴォーカルでもある出演者の一人、反抗的なルナ役ヤスミン・タバタバイによる作曲のものも数多い。歌詞は英語がほとんど。彼女は今年3月の全米公開に合わせてツアーを開催するそうだ。日本では昨年の大阪でのヨーロッパ映画祭に来日しただけらしいから、是非こちらでの活動もして欲しいものだ。

アビーロードのジャケットを彷彿とさせるような4人の配置、ラストで一人失った3人が屋上で開く最後のコンサートシーンなど、ビートルズを意識しているのだろうか。カット割りもまるでミュージッククリップを見ているようなつくりになっている。

途中、成りゆきで同行する「人質」はどこかで見たことのある顔だと思ったら、Hugo Boss のポスター等でお馴染みの青年(ヴェルナー・シュライヤー)。失礼ながら、バンドの誰とも寝てしまうナンパ野郎にぴったりのマスクだ。

最近はモデルから俳優業へ転身するケースが多いが、顔が売れていて一目で分かる分、その演技力も問われるだろう。

どんなに人気が出ても、勿論罪が消えるわけでもなく、収益とは無関係の逃亡生活の彼等だからこそ、音楽は真に純粋だ。それに対し、彼等の成功をネタに法律にこそひっかからないが、人間的にはもっと悪質な人々は野放しになっている。さりげに音楽業界の裏を見せてくれた気もする。

いよいよ、新天地へと向かおうとする彼等へ放たれる銃弾。これをどう解釈するかで、この作品のイメージが変わるかもしれない。

余談だが、一時ブラピとも噂のあったこの監督。あとで写真を見たら、成る程凄い美人だった。この作品は昨年のカネボウ女性映画週間や今年の夕張ファンタでも上映されていたので、ずっと見たかったのだが今回はフリーペーパーの試写会招待で実現。ちなみにこのタウン紙、昨年創刊の Ginza Cine Club というその名も銀座地区の映画を中心とした月刊もの。昨年、会社のメンバーに配布すると試写券が貰える、というのに目が眩んでつい応募。

結局「応募者多数により」と試写は断続的になってしまったが、映画の解説から上映時間まで掲載されているので超便利。銀座近辺の映画館に設置されている。

次はほのぼの路線の(筈の)「ベイブ都会へ行く」。これまた私事だが、何故か私は豚が大好き。何しろ幼児期にお人形でなく子豚の玩具を負ぶって、しかも左手でラーメンを食べている、という、ちんけな写真が残っている位だ。

さて、1作目があまりに良くてついビデオまで購入してしまった私。柳の下になるか?という懸念を持ちつつ、「ダイハード」だって2作目が良かったではないか、などと期待に胸膨らませ行きました、続編。

が、冒頭からのいや~な予感が的中。ご教訓満載のドリトル先生になっていた!

都会へ行く理由や都会でトラブルに巻き込まれる事情にも無理があるし、コテコテの CG だし、何より話が童話の素朴さを超越してしまったし。隣の銀座阪急で開催していた、「ベイブ展」のビデオによれば、監督はベイブの目線で都市パノラマを創作、前回にも増してアニマトロニクスに力を入れたそう。確かに彼等は前以上に良く喋る。

それに、動物だってたくさん出せばいいってもんじゃない。いくらサーカスの出演者という設定とはいえ、出てくるだけで芸達者なお猿さんはいけません。しかも洋服着て、挙げ句見るからに猿の惑星風のツインズの赤ん坊まで生まれちゃうのだから。御丁寧に犬もドレスアップしてるし。前回は、普通あまりそうした場面に使われない、いわゆる「家畜」達が頑張ってくれるから素直に感動できたのに。

懲りまくった街も、どこかで見たと思ったら、これゴッサムシティか「ロストチルドレン」か。そういえば妙にオリーブみたいなやせぎすのホテルの女主人も、意地悪な隣家のおばさんもどこか「ロストチルドレン」。人間が活躍しすぎたのも鼻につきます。

今回は可愛いマウスの歌とおじさんの踊りに代わり、猫合唱団(これって既に発売されてる「ジングルキャット」というCDを思い出してしまった。ちなみに本物の猫の鳴き声からクリスマスソングなどを構成してたCDです)や、バックにクラシックを採用して、音楽も壮大。今年のアカデミー賞で音楽部門にノミネートされていた位だけど、これも重すぎた感が。

とは言うものの、ベイブは相変わらず上品で賢い子ブタ。つま先だって歩く姿と、あの濡れたピンクの鼻を見るとつい顔がほころんでしまうのでした。

それにしても映画館では前以上にベイブグッズに力を入れてぬいぐるみからマグカップまで豊富な品ぞろえ。春休みを狙った逞しい商戦には頭が下がりました。

鳥野 韻子

シネマノート

明けましておめでとうございます。昨年は結局 140 本位で打ち止めになったものの、昨年末から今年にかけては仕事に追われほとんど映画どころではなかった上に悲惨な事が…。

年末はせめて「ドクター・ドリトル」あたりで笑い納めでもしようとやっと抜け出して株主優待券を手に映画館へ向かい、開映時間だったので慌てて席についたところ様子が変。まさか年末の締めが「踊る大捜査線」になろうとは!しかし、邦画では結構長い間トップだったしまあ仕方ないか..と見てしまった。場内混雑しておりテンポも早くてそこそこ楽しめたけどビデオで充分という気も、、、で私の見たかったものはといえば、実は「私の愛情の対象」。

年明けに漸く念願叶ったばかりというところ。年はじめは「ルル・オン・ザ・ブリッジ」からで、これは切ないラブ・ストーリー。へんてこりんな石を巡って「記憶の扉」みたいな何だか不条理劇みたいな部分もあって「へぇ、これで終わっちゃうの」という少しの割り切れなさが。

「ジェイコブズ・ラダー」みたいな“やられた”感もあったりして。結末を言うと叱られるかもしれないが、キリスト教的解釈をするとイジーの死は前の方でセリアに言っていた「君の為なら死ねる」と関連していて、それほどの愛、、、という事か。

川に沈んだセリアが再生してニューヨークを歩いていたと考えればこれは輪廻転生ともとれるし。そのへんてこな石を持つと“色々な繋がりが感じられる”と言っているから本等は何の関連もない2人だがこうして知らないところでも力が働くこともあるのだよ...というのか。見た人の解釈で色々考えさせてくれる作品だった。

そういえば、もう1本の「私の愛情の対象」と「ルル・オン・ザ・ブリッジ」って何故かどちらも「雨に唄えば」がキーワードなのだ。前者ではゲイの主人公が好みを聞かれる時、そして後者では審問官のようなウィレム・デフォーがこの作品は偉大だとか、初めて君と意見が一致したとか言って、いきなりダンスをはじめてしまうところ。

さて、「私の愛情の対象」だが、あの「英国万歳」をかましてくれたニコラス・ハイトナー監督作品だったので期待していたら、別の意味である種の幻想を打ち砕いてくれた映画だった。

その幻想とは、、、実はここ数年ゲイと暮らす、あるいは彼等と良い関係を築いている女性が出てくる映画を見ては結構そうした関係に密かに憧れていた。折角良い人間関係を築いていたのにそこに恋愛感情が入ってくるとどうしても元の関係に戻れなくなり、まして性的関係何か持ったらもっと変わってしまう。お互い同じ気持ちならまだしもこれが一方的だともっと悲劇。そこで、これぞ理想の形と思い込んでいたものだ。

“いい人”と思うとその世界の方が多かったし。私事ながら仕事柄その手の方々とお会いする機会が多くて(注:怪しい商売ではありません)「イン&アウト」ではないけれど確かにセンスが良くてスマートな人が多かった。アル・パチーノとミッシェル・ファイファーが出ていた「フランキー&ジョニー(恋のためらい)」でファイファーの隣人がゲイのカップルで大工仕事から彼女のデートでの服装までチェックしてくれる。

セドリック・クラピッシュ監督の「猫が行方不明」でもヒロインのルーム・メイトは優しくて用心棒にもなるゲイだったし、「ベスト・フレンズ・ウェディング」のジュリア・ロバーツの良き相談相手はゲイのジョージ。(邦画でもゲイについている女性を描いた「おこげ」っていうのもあったような)子供好きで優しく繊細な今回の主人公の名前もジョージ。

精神的にも共鳴しなくては寝ません、、、とかって言っておいて子供の父親とは生活出来ないとか、男が恋しくなったら連れてきて良いと言いながらいざそういう状況となると怒り出すニーナの言い分はかなり勝手だが、どこかでその気持ちもわからないではない。ゲイ2組との夕食会で「この中で君だけがストレートだ。みんなは誰か良い相手をみつければそちらに行ってしまう。君だけが置いていかれるんだぞ。」と忠告する年輩格ゲイ氏の言葉に背筋が寒くなった。

「恋人達の予感」ではないけれどどんなに友情麗しい関係の男女でも性的な意識はどこかにあるだろうし、それはゲイとの間でもないとは言い切れない。但しかなり一方的だろうけど。そうなると新しい家族関係とだけ、きれいごとではすまなくなってくる。ゲイ氏は女の嫉妬やら何やらに付合わされ、女はかないっこない相手に翻弄され、結局こうしたカップルも破局..かもしれない。

「ウェディング・バンケット」の中で無理矢理子供を作ってしまった偽装結婚の男女と男の3人家族の、子供が生まれてからのその後を是非アン・リー監督に作って欲しいと思っている。ところでジョージの教え子が先生がゲイだと聞いて一瞬驚く場面がある。でも、それだけ。学校の職員も彼がゲイである事を前提に話しているし。この辺が「イン&アウト」で大騒ぎとなったのに比べ都会を感じてしまった。

蛇足だけど笑おうと思って多大な期待を抱いて見に行った「ドクター・ドリトル」の結果は..と言うと、ベイブの半分も笑えなかった。ターゲットは一応子供だと思うのだけれど唯一私が受けたのは犬のラッキーを保健所から救出しに施設に入った時。収監されてる連中が別の映画のパロディで、「斧で殺してやる」は「スリング・ブレード」、「ユージュアル・サスペクツ」のカイザー・ソゼや「デッドマン・ウォーキング」まで出る始末。でもこれって子供にはどうかと。

今春公開予定のベイブは柳の下状態でないことを祈りつつ。

公開予定といえば昨年 11 月に日比谷の東商ホールで休憩を抜いて約3時間半、トーキョーシネマショー ’99 というのを見てきた。洋画普及協会が通産省の後援を受け、約 20 社の主に今春公開予定の予告編を「エンタティンメント部門」と「アート部門」の2部構成で約 100 本見るものだ。主に配給会社の人が中心に見に来ていて、私のような一般客は 200 名位だろうか。

実は私は予告編に弱くて映画館は予告編から見るのが楽しみな位で、タイトルだけみていた時は見るつもりがなかったのについその気になってしまうという、配給会社の方が聞いたら喜んで下さりそうな客なのである。

そこで予告でさえ、先取りしたくて見てきたのだが、これが本当に良く出来ていておいしいところを巧くつないでいる。既にサスペンスなら「レッサー・エヴィル」「ストックホルムの黒い夜」、「アリスとマルタン」コメデイなら「ラ・ヴィータ・エ・ベーラ」「ミュージック・フロム・アナザー・ルーム」ドラマなら「愛する者よ、列車に乗れ」「天使のような子供たち」と唾をつけている。

この催しもその前の年に比べかなりサービスも良くなり見易くなったパンフとともにTシャツなどのおまけもついていた。

前年は1部が終わるとかなりの人数が脱落していたのに大分人数が残っていたのにも驚いた。必ずしも全部公開するとは限らないが、今年も結構色々な作品が期待されそうだ。

最後にウサギ年に因んで。

カートゥーンネットワークでは元旦はバッグスバニー 24 時間オン・エアしていたけれど、最近で印象的だったうさぎさんは「ネネットとボニ」の中でボニが可愛がっているふわふわのウサギさん。

名無しだったけどこれがボニの心情を映し出す小道具になっていて。ウサギが主人公の映画では「ハーヴェイ」何かはお奨め。アニメでは「ロジャー・ラビット」でしょうか。他にもお奨めがあったら是非教えて下さい。

良い1年となりますよう。

鳥野 韻子