朝生 賀子

新コーナー「Iris’ detections」

ScreenKiss って言うミーハーな名前の割には、結構マイナーな作品やくどい記事をターゲットにしている我々ですが、映画を紹介する以外にも新進映画監督や作品を世に広めようと言う目的もあるのです。

とは言っても、有名な作品や監督を紹介するのよりも大変だと言うことはご存じだろうか?たとえば、有名であれば事務所や連絡先がはっきりしているし、もしマクドナルドで会ったとしても、勇気があれば声をかける事が出来る。

しかし無名の人間というのに知り合うのは、結構難しい。もしかしたら電車の隣に座っている人間は映画監督をしているかも知れないが、どんな作品を作っているかとか分からない。調べることも大変だ。過去の作品がビデオで簡単に見れることはないだろうし、経歴なども調べることは難しいだろう。

実際横浜フランス映画祭では、ごく有名な人物を除き、誰が監督なのか?どんな作品出来ているのか?分からない。サインをもらっても、これが誰のサインか後で迷うことになる。「あなたは、誰だか知らないのですが、取りあえずインタビューさせてもらえますか?」と言うのでは、いくら何でも失礼だろう。少なくても日本に来ているわけだから、本国ではそこそこの知名度があるに違いない。

こんな訳で、まだ無名の作家を取り上げるのは、なかなか困難なのである。そうとは言えども、Iris’ detectionsでは、まだ日の目を見ない、もしかしたら有名になるかも知れない、映画人・作品を紹介していく予定だ。何しろ、インタビュー対象の作品や経歴など全く知らないで、話してくることがほとんどであろうし、だからといって辛辣さが無くなることは無いだろう。「ぴあ」などの記事などを読んでいるときのように作家や作品を判断しないで頂きたい。

さて、第一回は新進映画監督の「朝生 賀子」を紹介しよう。

大阪出身で大阪写真専門学校(現在はビジュアルアーツ専門学校・大阪)を卒業している。在学中に制作したものも含め7作目に当たる作品「キミタチニアイタイ」を9月に上映を行う予定だ。

この作品は、本人にとって初めて劇場で観客に見せる事を目的として制作したもので、今までの作品は学校の課題であったり先生などへ評価してもらうためのものであった事らしい。

監督以外にも、助手や製作サイドの色々な仕事をしているようで、たとえば「ガメラ2」の制作進行・企画VTRの助監督なども行っている。

彼女自身は色々な協力を自然受けることが出来、比較的スムーズに事が進んでいると言う印象を受けた。特に積極的に色々なところへのアピールをすることは少なく、多くの方々から依頼をされたり上映なども好意的に受け入れられた様だ。それだけに才能があるのかも知れない。

現在は静岡県浜松市にすんでいるのだが、これも非常に興味深い話だった。

僕自身映画監督にあこがれていた時期があり、在米中に何人かの映画監督に出会った事があった。その時にやっぱり問題になることは、制作の費用である。

もし一本の作品を作るとすれば、最低2000万は必要だと言われたことがあるが、これだけのお金を個人で用意することは難しい。特に駆け出しの作家にとっては、殆ど個人で用意する以外にないと思われる。

しかし彼女はスタッフを全てボランティアで揃え、制作費は殆どフィルム代程度ですみ、普通かかる費用の10分の1程度ですんだ様だ。

当然26才の人間がいくら低額で作成できたとしても、経済的には苦しくなることはある。その時に手を差し伸べてくれたのは、浜松にあるシネマ・バリエテと言う存在だ。

このシネマ・バリエテとは「ムーブメント」と言われる存在なのだが、20年も続いているのは、この浜松のシネマ・バリエテぐらいだそうだ。

今回の作品は東京で撮影されたのだが、その終了後大阪で編集を終え、現在浜松に住んでいるのは、このシネマ・バリエテとの関係からだ。

日本では映画業界は斜陽と言っても悪くないのだが、政府が映画業界に強力にサポートしているフランスでは、有名な俳優がまだ名もない監督の作品に出演してくれることもある。果たして日本ではどうなのだろうか?

彼女によれば、日本でもその様なことはあるというのだ。実際彼女の作品でもガメラシリーズ全作品に出演している蛍雪次郎などもノーギャラで出演してもらっていると言う。日本でもしっかり話せば理解してくれる人間は多くいるのだと言うことを感じた。

彼女は自分で「映画作家」と言うのだが、それはイメージや実験的な映像を扱う映像作家とは違うという事を話していた。ストーリーがあり登場人物がある作品を作っていきたいというのだ。

今までの作品もタイトルや紹介文を見る限りでは青春とか恋愛映画である。雰囲気的に彼女はZARDが好きだと見たがどうであろう。

最後に9月2日、3日に浜松東宝劇場で公開する「キミタチニアイタイ」を少々紹介しよう。まだこの作品は見ていないので、パンフレットに書いてあるストーリーのみを簡単に……

ケーキ屋さんでアルバイトを始めたトミオは、二人の女の子に引かれながらも出会う事さえ出来ないでいる。全てが曖昧な「イマドキ」の、希薄な関係や痛み、ゆがみをみつめる-たぶん「青春エイガ」。

なお、この作品は浜松を皮切りに全国で公開していく予定だそうだ。

ScreenKissでは、まだ駆け出しの映画人を積極的に応援していきたいと思っています。もし我こそはと思われる方、是非編集部までご一報を!

ジャック・ドワイヨン監督独占インタビュー

ジャック・ドワイヨンという名前には馴染みがなくても、映画「ポネット」の監督と聞けば、ああと肯く人が少なくないのでは?今年の映画祭ではそのドワイヨン監督が、アフリカや中近東からの移民2世として経済的に困難な生活を送る思春期の少年少女にスポットを当てた新作「少年たち」と共に来日。我々の取材にも、30 分弱と短いながら快く応じてくれました。

監督への印象なども含め、このインタビューの模様を2回にわけてご紹介しましょう。

◇子供を映画に使うワケ
6月12日午後18時20分。私たちはインターコンチネンタル・ホテル7階に設置されたインタビュー・ルームに入るやいなや、事務局のスタッフから「監督の腰痛が悪化しているので、かなり遅れて来るかもしれない」と聞かされた。

ヤバいなあと思った。実は売れっ子俳優パトリック・ティムシットのインタビューも予定していたのだが、身体の具合が悪いという理由で前夜になってキャンセルの連絡が来たのである。やれやれ、ドワイヨンとのインタビューも泡と消えるのか。

ところが嬉しい誤算だった。ドワイヨン監督は若干遅れたものの、穏やかな笑顔をたたえて現れたのだ。率先して私たちの一人々々に手を差し伸べ握手をし、そっと静かにソファに腰掛ける。腰が痛いそうですが、と問いかけると、「持病ですし、よくあることですから」と笑って答え、腰をかばってかソファの肘掛けに細い身体を預けるように、ほんの少し寄りかかった。

さて、いよいよインタビューである。最初に伺ったのは、ドワイヨン監督は大人よりも子供の視点に興味があるのかどうかということ。監督は新作の「少年たち」や「ポネット」に限らず、「ピストルと少年」、「15歳の少女」など子供や思春期の少年少女を取り上げた映画を数多く撮っており、それが意図的な選択なのかどうか知りたかったからだ。

質問に対してドワイヨン監督は「私には子供が3人いますが」と前置きした上で、「フランスの映画人が子供に対してあまりに無関心なのに矛盾を感じていました。それはフランス映画界の一つの欠点でもあると思っていたんですね」と静かに話し始めた。

「実は『ポネット』が公開されたときフランスで議論が巻き起こりました。幼い子供に演技をさせるとは何たることか、というわけです。しかしそれは逆に言うと、子供を一人の人間と見なしていないということではないでしょうか。大人が感じるような感情を、子供は感じるはずがないと捕らえているのです。

「実際は、12歳13歳、あるいは4歳の子供でも、私たちと同じような感情を抱きます。母親が不在なら捨てられたような感情を感じますし、大事にされれば愛情を感じます。ただ、そうした気持ちの感じ方が大人より強く、過激なんです。

「子供は社会とのやり取りによって自分の感情をコントロールする術を知らないないので、大人であれば時と場合によっては抑えるであろう感情を、子供は我慢できません。感情に忠実です。自分の身に愉快でないことが起これば、子供は明確に拒否します。私の4歳になる1番下の子供などは、気に入らないことがあるとはっきりノーと言います。欲望に忠実なんですね。

「4歳、8歳、あるいは12歳の子供たちは確かに欲望に忠実に振る舞ってはいますが、しかし彼らに才能がなければ映画は撮れません。彼らは積極性に富んでいるし、ある部分では物事を受け入れる許容範囲がとても広い。この寛容さはフランスの女優さんにもたまに見られますが、普通の大人には無い感性なんです。さて、この話題はこの辺で止めてきましょう」

◇シナリオ作りは1年がかり
言われてみればドワイヨン作品に登場する子供たちは皆、単に無邪気さやあどけなさを見せるだけの役割では終わらない。「ポネット」なら死とは何か、神とはどんな存在か、「少年たち」ならいかに現実に立ち向かい自立していくかという具合に、映画の中の子供たちは大人にとっても非常に難しい問題を真剣に悩む。しかもその演技がとてもリアルでナチュラル。あまり真に迫っているので、演技ではなく一種のドキュメントではないかと錯覚してしまうほどだ。

子供たちのあの迫真の演技、果たして即興による演技なんだろうか(つまりはその時どきに見せる子供の予期せぬ反応をドキュメンタリーのように即興的に取り込んでいるのか)、それともシナリオ通りに演じさせているのか。

そんな疑問をぶつけると、「基本的に即興はしません」という答えが返ってきた。制作に取りかかる前に、まずたっぷり時間をかけて子供たちについての話を集めるそうで、「ポネット」のときにはその作業に1年ぐらいかけたとか。その綿密な取材から子供たちの気持ちなどを汲み取ってシーンを組み立て、シナリオを作っていくという。

「一度シナリオが出来てしまうと、もう変えません。後はコスチュームを着けるように子供の配置などを変えていくだけです。ただし、私の場合は何回も撮り直しをします。25回や30回撮り直すこともありますね。(シナリオに書かれた)気分を厳密に表現すために子供たちにかなり微妙なニュアンスまで求めるので、3回とか4回といった程度では望むシーンは撮れません。

「でも、彼らに作業に取り組む勇気も才能もあって、こちらの言うことをきちんと聞いてくれれば、そこで初めて彼らに自由な演技のチャンスが認められます。これは即興とは違います。即興と言うと、多くの人はその場その場で場面を作っていくと考えるでしょうが、その意味での即興は私はしないんです」

なんと、監督の作品に出演する子供たちはシナリオをよく把握し監督のイメージを十分理解した上で、ちゃんと演技していたわけだ。しかも時には30テイクも。そして、それに付き合うドワイヨン監督の根気たるや!

◇今子供映画の専門家だと思われているみたいですよ
ドワイヨン監督が子供を主演とした作品を多く撮る理由を伺ったら「子供には演技が出来ないと考えがちなフランス映画界に疑問を呈したからでもある」との答えが返ってきたところまでお伝えした。

ところが今年の映画祭では、クロード・ミレールの「冬の少年」、ベルトラン・タヴェルニエの「今日からスタート」など、子供を扱った映画が目立つ。もしやフランスの映画界はドワイヨン監督の映画に影響を受けているのではないだろうか?

そう質問すると監督は照れるでもなく、といって否定するでもなく、しかしやや身を乗り出して「自分のことを偉そうに言うつもりはありませんが、私が『ポネット』を撮っていなかったらタベルニエ監督も『今日からスタート』を撮らなかったかもしれませんね」と言った。

監督によれば、フランスでは子供を扱った映画は昔は少なく、この20年ぐらいで子供をテーマにする作品が増えてきたとのこと。「私の撮った映画はフランスの監督仲間の間ではよく知られていましたから、おそらく彼らも、子供を使って映画を撮るのがプロの俳優を使うのと同じぐらい楽しく喜びの持てる作業であると気付いたのではないでしょうか」

そして「ポネット」が日本で大変ヒットしたことを伝えると、「フランスよりも日本での方が反響がありました。アメリカとカナダでも好評でした。でも、このヒットで逆に悪影響が出てきましてね(笑)。大人を使った映画が作りにくくなってしまったんですよ。

「私が企画を持ち掛けると、いやいや、子供で撮ってくれないかと言われるのです。どうも、子供を扱う映画のスペシャリストだと思われてしまっているみたいなんですね(笑)」

◇日本で映画を撮ってもよいかも
さて、取材時間のタイムリミットは残りわずか。最後に日本についての感想、日本とフランスの違いについて伺った。

「『ポネット』が日本で配給されたことはとても嬉しいし、好評を得たのは素晴らしいことだと思います。ただ、日本とフランスでは言葉、文化の違いがあり、たとえば日本映画にもフランスで受け入れられるものとそうでないものがあります。

「しかし、まあ、それを気にしても仕方ありません。来日は5回目なので、まだ日本のことはよく分かりませんが、もし今後フランスで映画を作れなくなったら、日本で撮ってみるのもいいかな、と思っています」

いい終わると監督は穏やかに微笑んだ。

◇後記
背は高からず、やや猫背気味の痩身に、薄茶色のジャケット、黒シャツ、黒いジーンズ、黒いバスケットシューズ――と、一見とうの立ったロックンローラーといったイデタチで現れたドワイヨン監督。

その外見から、もしや相当個性が強くて、てこずらされるのではと思ったのだが、何の、会ってみたら意外にも物静かで親しみやすかった。インタビュー直前まで自室の硬い床に座って耐えていたという腰痛をものともせず、表情は終始にこやか。カメラに向かって愛敬を振りまいてみせるユーモラスな一面も見せてくれた。

語り口がまた穏やか。しかも取材を受けることに慣れきった人によくあるお決まりっぽいビジネスライクな話し方ではなく、質問に対して丁寧に答えてくれる。あれま、いい人じゃん、てのが正直な感想でアリマシタ。

しかし考えてみると、わずか4、5歳の子供から世界をアッと言わせる名演技を引き出したのは、単に監督としての演出手腕のみならず、こうした人柄があったからだろう。

それに、今回来日したベテラン監督の多くが大企業の重役然としたスタイルだっだのに比べて彼の格好がラフだったのも、商業ベースに乗らず翻弄されず、本当に作りたいもの、作らなければと考えるものだけを撮り続ける監督の、映画作りに対する姿勢の現われかもしれない。

時間が短くて突っ込んだ質問まで至らなかったのが心残りだが、腰痛とタイトなスケジュールをおしてインタビューに応じて下さったドワイヨン監督に感謝!そしてアポを取って下さった映画祭広報事務局の方にもこのページを借りてお礼を申し上げます。